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大阪高等裁判所 平成6年(行ス)1号 決定 1994年7月04日

抗告人

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

高橋敬

小沢秀造

相手方

兵庫県警察本部長

原田正毅

右訴訟代理人弁護士

俵正市

右訴訟復代理人弁護士

寺内則雄

右指定代理人

百元昭史

外五名

主文

一  原決定中、昭和五九年一月一日から同年一二月三一日まで及び同六〇年一月一日から同年一二月三一日までの抗告人の明石警察署警ら係における勤務評定を記載した文書(勤務実績表)についての文書提出命令申立てを却下した部分を取り消し、これを神戸地方裁判所に差し戻す。

二  その余の文書についての本件抗告を棄却する。

理由

第一  抗告の趣旨及び理由

別紙即時抗告の申立書、即時抗告理由補充書、上申書及び各意見書に記載のとおり。

第二  当裁判所の判断

一  相手方の本件各文書の所持の有無

この点についての当裁判所の判断は、次のとおり付加するほかは、原決定の理由(二枚目表九行目から同裏三行目まで)の記載と同一であるから、これをここに引用する(但し、以下原告を抗告人、被告を相手方と改めて引用する。)。

同二枚目裏三行目の「自認している。」の次に「昭和四八年以降罷免までの間に作成された活動記録は、昭和六〇年分(以下「活動記録」という。)を除いて、相手方がこれを所持していることを認めるに足りる証拠はないから、抗告人の本件申立のうち右文書の提出を求める部分は、その余の点について判断をするまでもなく、失当である。」を加える。

二  本件各文書の民訴法三一二条一号該当性

この点についての裁判所の判断も、次に付加するほかは、原決定の理由説示(二枚目裏五行目から三枚目裏五行目まで)と同一であるから、これをここに引用する。

同三枚目裏五行目と六行目の間に次のとおり加える。

「なお、次のとおり付言する。

(1)  相手方提出の答弁書には、抗告人は昭和四八年以降別紙処分理由に添付した規律違反等一覧表記載の行為を繰り返したとして抗告人の多数の規律違反行為が列挙して記載されているけれども、これらの違反行為と関連づけて本件各文書の存在及び内容に言及されているわけではないから、右記載によってこれらの文書が引用されているものということはできない。

(2)  相手方提出の平成五年五月一七日付準備書面にも、抗告人が右規律違反等一覧表に記載の行為を繰り返したこと、これらの行為が抗告人に対する処分の基礎となっている旨の記載があるが、ここでも右文書の存在に言及されているわけではない。

(3)  相手方提出の平成二年一〇月三日付上申書は、性質上証拠説明書というべきものであり、かつ、同書面において、相手方が本件で提出した書証と兵庫県人事委員会の審理において提出した書証とにつき、原審での書証番号、文書の標目、作成者と兵庫県人事委員会における書証番号とが対比して記載されているけれども、そこでも、右文書の存在や内容が相手方の主張を裏付けるものとして引用されてはいない。

(4)  抗告人の成績順位が二四番中二四番、申し継ぎは最下位か最下位に近い状態であったとの兵庫県人事委員会の口頭審理における植之原繁証人の証言を記載した速記録が乙八八、九〇号証として提出され、また、抗告人の活動、勤務成績に関する今井久雄証人の証言を記載した速記録が乙九一号証として提出されているが、これらの書証の提出は立証行為そのものであって、主張を裏付けるために文書の存在ないし内容に言及する行為ではないばかりでなく、右証言自体、積極的に右文書の存在や内容に言及するものではない。」

三  本件各文書の民訴法三一二条三号前段該当性

本件各文書中「勤務実績表」が同前段に該当するかどうかの判断はしばらく措き、本件活動記録がこれに該当するかどうかについてのみ判断するに、当裁判所も右文書はいわゆる利益文書には該当しないと判断するものであって、その理由は、原決定の理由説示(三枚目裏一〇行目から四枚目裏一一行目まで。但し、「勤務実績表」に関する部分を除く。)と同一であるからこれを引用する。

四  本件各文書の民訴法三一二条三号後段該当性

同後段所定のいわゆる法律関係文書の意義については、当裁判所も原決定の理由説示(五枚目表二行目から同裏八行目まで)と見解を同じくするものであるから、それをここに引用する。

同裏八行目の「ある。」の次に以下のとおり加える。

「けだし、自己使用のための内部文書が同法三一二条三号後段の文書に該当しないのは、作成者が公表されることを予定しないで、もっぱら自己の職務上の便宜や備忘のために任意に作成する内部文書は、その目的からしても、自他のプライバシーや個人の秘密、職務上の秘密や個人的意見等が記載される可能性が大きく、それだけに、これが公表されないことについての作成者の利益も大であって、文書所持者の当該文書に対する処分権限を排してまでこれを訴訟の場に強制的に提出させるのは相当でないといわざるをえないからである。

ところで、抗告人は兵庫県警察官であった者であって、抗告人と兵庫県との間には地方公務員としての身分関係が存在していたのであるから、本件勤務実績表は、そのような身分関係の存在を前提として、その変更・消滅等の基礎となる事項を明らかにする目的で作成された文書であり、したがって、挙証者と所持者との間の法律関係につき作成された文書に該当するということができる。

そこで次に、これが右のような自己使用目的で作成された内部文書に当たるかどうかについて考えるに、地方公務員法四〇条一項によれば、任命権者は、職員の執務について定期的に勤務成績の評定を行い、その評定の結果に応じた措置を講じなければならないものと定められているところ、本件提出命令申立ての対象である「勤務実績表」は、右の規定に基づく勤務成績の評定を記載したものと推認することができるので、この文書は、直接の明文規定はないものの、その結果を書面に記載しない勤務成績の評定というものが実際上考えられない以上、その作成が法律上義務づけられている文書であると解するのが相当であって、作成者が単に執務上の便宜又は備忘のために任意に作成するメモなどとは性質を異にするものであり、その意味において、自己使用のための内部文書にすぎないものということはできないといわなければならない。

この点につき、相手方は、この文書が公表されると、非公開を前提として職員の勤務成績の評定を行った評定者のプライバシーが侵害され、公正な人事管理が困難になるというけれども、間接的にせよ法によって作成が義務づけられている文書に適正な勤務成績の評定の結果を的確に記載する限り、それが被評定者の承諾の下に公表されたからといって公正な人事管理が困難となるおそれはないはずであるから、相手方の右の主張を採用することはできず、その点から右文書が自己使用のための内部文書であることを肯定することはできない。

しかし、「活動記録」については、それが果たして、抗告人と兵庫県との間の前記法律関係の変更・消滅等の基礎となる事項を明らかにする目的で作成された文書に該当するかの点についてまず疑問があるばかりでなく、直接にはもちろん間接にも、そのような文書の作成が法律上義務づけられているものと解する余地はないから、警察内部における業務の能率的処理のための自己使用目的で作成された内部文書であるとみるよりほかない。

五  そうすると、本件活動記録についての原決定は相当であって、これに関する本件抗告は理由がないからこれを棄却することとする。また、昭和五九年一月一日から同年一二月三一日まで及び同六〇年一月一日から同年一二月三一日までの「勤務実績表」についての文書提出命令申立てを却下した原決定は、民訴法三一二条三号後段の解釈適用を誤ったものであり、その点で不当であるのでこれを取り消すこととするが、右申立ての許否を決定するについては、立証の必要性及び関連性、時機に後れた攻撃防御方法であるかどうか等の観点からの審理を必要とするので、その点の審理を遂げさせるため、右申立事件を原審に差し戻すこととする。

六  よって、原決定を一部取り消して原審に差戻し、その余の本件抗告はこれを棄却することとして主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官藤原弘道 裁判官辰巳和男 裁判官原田豊)

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